--- title: "少し進んだ時計を直さないまま暮らしている" description: "部屋の時計が数分だけ進んでいると知りながら、そのまま使い続けることがあります。正しい時刻へ頭の中で戻す小さな計算と、曖昧な時間が生む不思議な余裕について考えます。" date: 2026-05-20 category: あれこれ tags: [時計, 習慣] related_links: [app-store] draft: false og_image: "" --- 部屋の時計が、正しい時刻より三分ほど進んでいます。直そうと思えばすぐ直せるのに、そのまま何か月も使っていることがあります。 時計を見るたびに「本当はもう少し前」と頭の中で引き算をします。わざわざ増やした手間なのに、なぜか慣れると気になりません。 ## 数分のずれを自分だけが知っている 家に来た人が時計を見て急ぐと、少し申し訳ない気持ちになります。こちらにはわかっているずれが、相手にはわかりません。 その一方で、自分だけが時計の癖を知っていることには、妙な親しさもあります。正確な道具というより、少し癖のある同居人に近くなっています。 古い時計ほど、進み方や遅れ方まで含めて部屋の景色になっているものです。 ## 余裕ができたようで、できてはいない 時計を進めるのは、遅刻を防ぐためだったはずです。けれど、ずれを覚えてしまえば、結局は正しい時刻へ戻して考えます。 三分早いからまだ大丈夫、と判断するので、実際の余裕は増えていません。それでも一瞬だけ背筋が伸び、支度へ戻れることがあります。 役に立っているのかいないのか、はっきりしないところまで含めて、進んだ時計との付き合い方です。 ## 正すほどでもないものが部屋にある 暮らしの中には、完全には整っていないけれど困ってもいないものがあります。少し傾いた額や、閉まりにくい引き出しもそうです。 すべてを正しく直すことだけが、居心地のよい部屋を作るわけではありません。癖を知り、折り合いをつけているものにも愛着が残ります。 次に時計を見て引き算をしたら、今日もまだ直していないな、とだけ思っておきましょう。