洗ったタオルを一枚ずつたたむ作業は、考えなくても手が動く時間です。
ひとりで過ごす夜には、最後まで終えずに残してよいことがあります。今日はタオルをたたむ時間のまわりにある、名前をつけにくい感触を少しだけ追ってみます。
こうした小さなことは、忘れても困りません。それでも、気づいた日の景色を少しだけ細かくしてくれます。
途中のままでも気にならない形
角が少しずれても使うときには困らず、重なっていく様子だけで片づいた気分になります。
始めたものは終えるべきだと思うと、休む前にも小さな締め切りが生まれます。途中だとわかる形で置けば、無理に完了させなくても続きへ戻れます。
タオルをたたむ時間を誰かへ話すなら、詳しい説明より、最初に目へ入った形や音を一つ伝えるだけで十分です。聞いた側にも、それぞれの似た場面を思い出す余白が残ります。
ひとりでいる時間は、予定をきれいにこなすためだけのものではありません。気分に合わせて途中で形を変えられるところにもよさがあります。
終えることだけを成果にしない
全部をきれいにそろえず、棚へ収まる形になったところで終えられます。
飽きたのか、今日はここまでなのかを決める必要もありません。いったん離れることで、次に触れたいかが自然にわかります。
答えを一つに決めなくても、見方が少し増えれば十分です。次に同じことが起きたとき、前より気楽に受け取れるかもしれません。
続きは別の日の自分へ渡す
手を止める場所を一つ決め、続きのことは明日の自分へ任せてみます。
何かを達成できなくても、その時間に合う速さで過ごせたなら十分です。
今日はそのことを覚えていなくてもかまいません。また目に留まった日に、続きを少し考えれば十分です。