休みの日が終わるころ、急に「今日は何もしなかったな」と気になることがあります。朝には少しくらい予定があったはずなのに、気づけば外は暗くなっています。
それでも一日は、空っぽだったわけではありません。起きて、何かを食べて、ぼんやりしていた。その時間も、ちゃんと今日の中にありました。
何もしていない日にも、小さなことはある
予定表に書けるような出来事がないと、一日ごとなかったことにしたくなります。でも実際には、名前を付けていない小さな時間がいくつもあります。
いつもより遅く起きて、冷蔵庫にあるもので簡単に食べる。動画を眺めているうちに眠くなり、そのまま少し横になる。人に話すほどではなくても、休日らしい時間です。
何をしたか聞かれたら「何もしていない」と答えるかもしれません。そのひとことは、一日の説明というより、細かく話すほどでもないという合図に近い気がします。
休んだ時間は、あとから見えにくい
片づけた部屋や読み終えた本と違い、休んだ時間には目に見える形が残りません。夕方になると、つい成果がないように感じます。
けれど、何かをしないために空けていた時間まで、別の予定で埋める必要はありません。ぼんやりできたなら、その日はぼんやりする余裕があったということです。
休みまで上手に過ごそうとすると、休むことにも採点が始まります。昼寝は何分まで、外出は一回くらい、趣味も少しは進めたい。そこまで管理すると、休日なのに忙しいものです。
一日の点数をつけずに終える
寝る前に今日を振り返るなら、できなかったことより、覚えている小さな場面を一つだけ拾います。お昼に食べたものでも、窓から見えた空でも十分です。
明日のためになる感想を考えなくてもかまいません。「今日は静かだった」くらいで一日を閉じる夜があってもよさそうです。
何もしなかったように見える日は、何も起きずに過ぎてくれた日でもあります。今夜はもう予定を足さず、そのまま眠る準備を始めましょう。