本にはさんだしおりの角が、出し入れするうちに少し折れることがあります。
身近なものの形や音から、説明するほどでもない記憶が戻ることがあります。ここでは、少し折れたしおりを一つの場面に絞り、急いで答えを出さずに眺めます。
話すほどでもないように見えることほど、その日の気分を短い言葉で残してくれるものです。
形や音から場面が戻る
きれいなカードではなくなっても、読みかけの場所を示す役目は変わりません。
覚えようとした出来事ではなく、机の位置や誰かの声の調子だけが浮かぶことがあります。記憶は大切さの順番どおりには残りません。
少し折れたしおりは、一度気づくと次から少し見つけやすくなります。毎回観察する必要はありませんが、同じ場面がまた現れたとき、前とは違う部分を自然に拾えるようになります。
名前をつけにくい好みや癖も、暮らしの中では案外よく働いています。理由をきれいに説明できなくても、その選び方はなくなりません。
正確な日付は思い出さなくてよい
折れた部分を戻しすぎず、次に読むページへそのままはさめます。
いつのことか確かめられなくても、その断片を間違いと決めなくてよさそうです。いま思い出した感触だけを受け取れます。
こうした場面を眺めるのは、何かを正しく決めるためではありません。自分がどこで少し立ち止まるのかを知るための、短い寄り道です。
短い記憶をそのまま眺める
浮かんだ場面に名前をつけず、少ししたらまた目の前のことへ戻りましょう。
役に立つ結論へ急がず、気になったことを気になったまま眺める日があってもよさそうです。
次に同じ場面が来たら、今日とは違うところを一つだけ見つけてみましょう。見つからなければ、それはそれで、いつも通りの一日です。