急いでいない日に限って、横断歩道の赤信号がいつもより長く感じられます。
身近なものをきっかけに、忘れていた短い時間が戻ってくることがあります。今日は信号が変わるまでの時間のまわりにある、名前をつけにくい感触を少しだけ追ってみます。
こうした小さなことは、忘れても困りません。それでも、気づいた日の景色を少しだけ細かくしてくれます。
小さなものが記憶の入口になる
止まっているあいだは、向かいの店や隣で待つ人の靴など、歩いていると見ないものが目に入ります。
記憶は順番どおりに戻るとは限りません。匂いや音、手触りの一部から、説明のつかない場面だけが先に浮かぶことがあります。
信号が変わるまでの時間を誰かへ話すなら、詳しい説明より、最初に目へ入った形や音を一つ伝えるだけで十分です。聞いた側にも、それぞれの似た場面を思い出す余白が残ります。
特別な出来事がない日にも、こうした小さな場面はいくつもあります。言葉にすると短くても、その日の手触りを十分に伝えてくれます。
全部を思い出さなくてもよい
青になるまでスマートフォンを出さず、目の前にあるものを一つ眺めてみます。
それがいつだったか思い出せなくてもかまいません。役に立たない断片を持っていることも、日々の面白さの一つです。
答えを一つに決めなくても、見方が少し増えれば十分です。次に同じことが起きたとき、前より気楽に受け取れるかもしれません。
一場面だけ、今日へ持ち帰る
浮かんだ場面はメモにせず、今日は少し眺めるだけにしておきましょう。
大きな意味を足さず、目に入ったことをそのまま覚えておくのもよさそうです。
今日はそのことを覚えていなくてもかまいません。また目に留まった日に、続きを少し考えれば十分です。